東進ハイスクールのキャッチコピーに「伸びない人は、いない。」というものがあります。このコピーの特徴は、「ない」が2つ並んでいること。要は、二重否定。2重に「否定」するということは、結局「肯定」することと(論理的には)同じであり、肯定的に言えば「人はみんな伸びる。」と言い換えることができます。
しかし、キャッチコピーの世界では、あえて「1度の肯定」ではなく「2度の否定」を使うことも多いように思います。一体なぜなんでしょうか?
Wikipediaで「二重否定」を調べてみると、二重否定を使う目的としては、『肯定の強調』と『主張の緩和』があるそうです。
まず、『肯定の強調』について考えてみると、二重否定の例で、
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あなたが救えないはずはない。
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この文章の場合、肯定的に言い換えると、「あなたなら救えるはず。」となります。2つを比べてみると、確かに二重否定の方が"できないなんてありえない"とダメを押しているようで、肯定が強調されている感じがします。(「もし自分がこの言葉を人から言われた場合、どちらがプレッシャーに感じるか」を考えても、その違いが分かりますねw)
一方、『主張の緩和』についてはどうでしょうか。例えば、二重否定の例で、
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読めない漢字はない。
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この文章の場合、肯定的に言い換えると、「すべての漢字を読める。」となります。しかし、「すべての漢字を読める。」と肯定的に言ってしまうと、ちょっと"豪語"している感じがして、「ホント?」とつい疑問を挟みたくなってしまいます。その点、「読めない漢字はない。」と二重否定した方が、なんとなく主張が緩和され、「へぇ、そうなんだ。」と比較的素直に入ってくる気がします。
キャッチコピーの世界においても、このような『肯定の強調』と『主張の緩和』を活用して、二重否定をうまくコピーに織り込んでいるものと推測されますが、もうひとつ、二重否定をキャッチコピーで使う理由として、"語呂の良さ"があるような気がします。
「伸びない人は、いない。」という東進ハイスクールの例もしかり、例えば、
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明けない夜はない。
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こんな例でも、「人はみんな伸びる。」や「夜は必ず明ける。」というより、明らかに語呂がよい感じがします。これはたぶん、2つの「ない」が韻を踏んでいるためであろうかと。キャッチコピーは刺さってナンボなので、人に読んでもらったときの言いやすさ、語呂の良さが「記憶に残る/残らない」を分ける大事な要素である気がします。こんなことも、二重否定が使われる理由の一端なのではないでしょうか。
#文章でだらだら書くのが許されるブログと比べると、短い文章でビシッと言いたいことを伝えなくてはならないキャッチコピーの世界というのは、そうとう奥が深そうですね。
